第168話 『伊賀vs甲賀 忍者対決』 (滋賀県/近江八幡〜三重県/伊賀 2012年7月15日)

滋賀県近江八幡市にある「休暇村・近江八幡」にやって来ました。
雑誌“温泉博士”を利用して天然温泉に無料で入浴です。

琵琶湖を眺めながら露天風呂に浸かりました〜♪

ロビーには、
 ↓ひこにゃん。。

びん細工手まりも発見!
びん口よりも大きな手まりが入った細工手まりは、愛荘町の伝統的工芸品です。

次は泊まりで来てみたいと思ったかめ太でした(_´Д`)

「安土城跡」に移動しました。

安土城は、織田信長が天正4年(1576年)丹羽長秀
に命じ、約3年の歳月をかけて完成しました。

日本で最初に天守閣を備えた城であり、現在は石垣
のみが残っており、日本100名城で特別史跡にも指
定されています。

←この堂々たる大手道は、天皇行幸を目的に建設
したとも言われ、左右に信長の有力家臣の屋敷が
配置されていたとされています。

←伝、羽柴(豊臣)秀吉邸跡

伝、前田利家邸跡→

伝、織田信澄邸跡→

伝、森蘭丸邸跡→

←伝、武井夕庵邸跡

大手道を登ってゆくと、いたる所で石仏をみることができます。
これは、築城の際に石材として使われたもので、城普請に使用する多くの石材は近郊の山々から採取
しましたが、石仏や墓石等も含まれていました。

織田信雄(信長の次男)以降四代供養塔↓
信長本廟から少し下がった位置にあり、右から初代信雄、四代信武、三代長頼、二代高長の供養塔です。

仏足石↓
大手道などに見られる石仏と同様に、単なる石材と
して集められたもので、昭和初期登山道整備の時に
石垣の中から発見されました。

織田信長公本廟↓
羽柴秀吉が、天正11年1月三法師に年賀を表すべく登城し、
翌2月信長公ゆかりの二の丸跡に太刀、烏帽子、直垂などの
遺品を埋葬して本廟としました。

天主閣跡↓
楚石が1.2mおきに整然と並び、その上に五層
七階の大きな天主閣がそびえていました。

※安土城では、守ではなく主を使い
  天主と書きます→

近くの「安土城天主 信長の館」へ移動♪

スペイン・セビリア万博(1992年)へ出展され
た原寸大天主(5・6階)が展示されています。

5階部分→

←↓6階部分

天主模型→

さらに「観音寺城跡」へ移動♪

観音正寺林道入口にやって来ましたが…
現在16時19分ですが、閉門間近(16:30)
で繖山林道に入れません(>0<)

あきらめて麓から観音寺城跡を撮影〜♪
単なる山…色々な100名城があります。。

観音寺城の築城年代は不明ですが、近江源氏の佐
々木氏(戦国期には六角氏)が築いたものです。
足利義昭を奉戴し上洛を目指す織田信長と、抵抗し
た六角氏との戦い(観音寺城の戦い)の舞台となっ
た場所です。

登城出来ませんでしたが、
この写真で満足です。(*^^)v

伊賀へ向かう途中で甲賀を通過します。「伊賀流忍者屋敷」に立ち寄り〜♪

この屋敷は、忍者自身の住居として現存する日本で唯一の建
物です。いつか必ず甲賀忍者の世界を体感しに来ます 壁|]-~)

現在17時22分、予想通り閉館していました…

伊賀に到着。 まずは「伊賀上野城」へ〜♪

伊賀国主となった筒井定次により、平楽寺跡に城塞の大修
築を行われ、城下町の建設にも着手しました。
その後、藤堂高虎が伊予国から移封されて伊賀・伊勢の領
主となり城郭を拡張、とくに大阪方(豊臣方)に備えるため、
西方には広大な高い石垣がめぐらされました。

天守は慶弔17年(1612)工事半ばにして暴風雨のた
め倒壊したが、昭和10年(1935)川崎克氏(地元出身
代議士)が私財を投じて復興、現在の上野城を再建し
ました。

城内に、伊賀流忍者博物館がありますが…
当然この時間は閉館しています。

←忍者ショー見たい |_-。) ポッ

上野市駅へ行ってみると… 忍者列車がやってきた^^
←松本零士先生のイラストで間違いなし。。

駅に、第4回伊賀流 手裏剣打選手
権大会のポスター発見!

伊賀は忍者尽くしだなぁ
( ・д・)/−−=≡(((卍 シュッ!!

ヒルホテル サンピア伊賀へ移動〜♪

天然温泉・芭蕉の湯でしめくくり〜(´▽`) ホッ
       ここも“温泉博士”を利用しての無料入浴です。

露天風呂↑

大浴場↑

今回は、琵琶湖湖畔から甲賀を経て伊賀へ抜ける、温泉と忍者の日帰り旅で満喫できました♪